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2009年12月31日木曜日

リーマンショックとビジネススクール

前日の続きだが、金融危機の話がビジネススクールではどのように取り上げられていたかについても述べておきたい。

今回の金融危機の経過と原因については、その発生直後から米国内でも議論が続けられてきたが、ビジネススクールの教授によると、現在では概ね以下のような共通認識に落ち着きつつあるようだ。

①グリーンスパン議長指導下のFRBが長年にわたって低金利を維持したことが住宅バブルの発生と拡大に繫がり、住宅価格の上昇を前提としたリスクの高い住宅ローンの貸し出しが拡大したこと。

②証券化という手法によってサブプライムローンの高いリスクを見かけ上分散化して金融商品を組成し、投資家に販売できるようになったこと(高格付けの金融商品に組み替えて販売してしまえばその後のリスクを負わなくて済むため、証券会社のモラルハザードにも繫がった)。

③複雑な金融商品の真のリスクを評価する仕組みや制度が確立していなかったこと(ロナルド・レーガン以来の規制緩和の流れをバックグラウンドとして指摘する論調もあり)。

Bank of Americaが45億ドルの公的資金全額返済を決めるなど、公的資金注入を受けた金融機関は少しずつ息を吹き返してきており、次の焦点は連邦議会における金融規制関連法案の成立に移ってきている。公的資金注入を受けたにもかかわらず貸し渋りを続けている金融機関に対する世論の風当たりは依然強いが、一方で政府による過度な規制や介入を嫌がる金融業界はロビイストを通じた議会対策を強化しており、着地点を目指す綱引きが続いている。

なお、米国の多くのビジネススクールでは「今回の金融危機にビジネススクールは(人材の供給元として)間接的に責任があるのではないか」といった観点から、ビジネススクールの存在意義・カリキュラムの改正についての議論も盛んになってきているが、それにとどまらず、現在進行形のトピックスが授業でも取り上げられたり、追加プログラムとして、実際に金融危機の対処に最前線でかかわった人(Bryan Marsalなど)をビジネススクールを呼んで話をしてもらう機会などが早速セットされたりしてしたことは興味深かった。

このあたり、日本でやろうとしたら「現在進行形の話であり時期尚早」などと言われて実現しなさそうであるが、割り切って「過去の失敗から積極的に学ぼうとする」柔軟性・即応性は米国の優れた点の一つと言えるのではないかと感じた。

2009年12月30日水曜日

2009 FallA/Bを振り返って

サマースクール終了後、秋学期の授業開始、家族の到着、引越し、各種手続と慌しく過ごしているうちに秋学期を終えた。学期中はとにかく復習と次の授業の準備に追われブログを書く余裕がなかったのだが、ここでミクロ経済、統計学、ファイナンス、マーケティング、企業戦略、組織管理等の主な必修科目の概要と特に印象に残った点について、自分自身の備忘も兼ねて記しておきたい。

BE502(ミクロ経済)

カバーされた内容は主に価格決定理論、独占・寡占の市場への影響、関税導入が輸入国・輸出国に与える効果、ゲーム理論、価格差別化による企業収益最大化等。興味深かったのは、金融危機の原因とその対策についての考察が早速授業に取り入れらていたこと。サブプライムローン等の高リスク債権が証券化によって低リスクの金融商品に組み替えられ、広く市場に浸透して行った過程を分析するとともに、今後の対策の視点が提案されていた。(例えば、金融商品を組成する証券会社の担当者のモラルハザード対策のため、金融商品の詳細なリスク開示を義務化する、もしくは販売後のリスクの一部を証券会社も共有する仕組みを作る、等)

OMS502(統計学)

マーケティングやファイナンスでも多用する統計解析や重回帰分析等の基本的ツールについて習得した。ただし、統計はあくまで現実を分析するツールに過ぎず、そもそも分析しようとする対象が何なのか、その本質をよく見極めてツールを適用する必要があるということが個人的には最も大きな学びだった。例えば、住宅ローンを証券化して組み込んだ金融商品は、全米各地の住宅ローンのデフォルトがランダムに起こることを前提として統計的手法によりリスクを軽減するよう設計されたが、住宅価格下落の連鎖的発生の可能性が見過ごされていた(実際には一旦ある地域の住宅価格が下がり始めると他の地域の住宅価格レベルにも影響を与え、連鎖的に住宅ローンのデフォルトが発生してしまった)。

STR502(企業戦略)

各業界・企業のケーススタディを通じて、企業分析の基本的なフレームワークとその具体的適用について学んだ。個々の企業を見るときに、業界の構造、その企業のポジショニング、競争力のポイント、取引企業(サプライヤー、需要家)との力関係、財務等を多角的にチェックする癖がついた。また、ケーススタディを通じて様々な業界・企業の競争力分析を行うことで、視野が広がった。ただし、ビジネススクールの用意したケースは学習用に単純化されていることには留意が必要である(実際に授業でサムスンのケースを扱ったが、サムスン出身のクラスメイトに言わせるとあまりに単純化しすぎたり、ステレオタイプに捕らえすぎている面があるとのこと)。

MKT503(マーケティング)

ミシガン大の教授が提唱する「Big Picture」というフレームワークに沿ってマーケティング戦略を構築するプロセスを学んだ。理論を学ぶだけでなく、チームプロジェクトとして実際にある企業の特定の製品を取り上げてそのマーケティング戦略を分析し、改善点を提案するというアプローチも平行して行った。しかしながら当該授業で扱う内容は基本的なものであり、分析も概念的・定性的なものにとどまったことから、今後、より定量的な情報収集・分析に踏み込んだマーケティング手法についても理解を深め、スキルを向上させたいと考える。 

MO503(組織管理)

個人、チーム、組織それぞれのレベルでどのようにパフォーマンスを最大化するかをテーマとし、複数のフレームワークを使って、組織管理がうまくいっていない要因をどのようにして発見・診断して改善に繋げていくべきかを学んだ。とりわけ印象的だったのは、複数のコンサルティング会社の調査によると、世界的に見て企業間のアライアンスのうち約60%はうまく機能していないという実態があること。失敗の主な原因としては環境の急変、互いの企業戦略上の齟齬、J/V会社のガバナンス上の競合、企業文化の違いなどが挙げられるが、それに対してアライアンスの設計段階からどのように対処するべきか、理論的な枠組みと実際の適用例を学ぶことが出来た。

STR503(世界経済)

貿易収支や金融収支、財政赤字、インフレ、金利水準がどのように為替変動と関係しているのか、曖昧だった理解をブラッシュアップすることが出来た。また、国際貿易に関する基本的な理論を学ぶとともに、実際に企業が海外投資(海外生産、J/V、ライセンシング)を検討する際に、判断材料としてどのような要素を考慮に入れるべきかについても学ぶことができた。

(その他所感)

ミシガン大ビジネススクールの特徴の一つとして、チームワークを重視しており、ほぼ全ての授業においてチームベースの課題が課せられ、チーム内でワーク・議論した上で課題を提出しなければならないことが挙げられる。それぞれのチームは5~6人で編成され、うち3~4人がアメリカ人、2名程度が留学生という構成。いずれの課題においても、国籍もバックグラウンドも異なるチームメイトと議論し、ワークを分担し、最後にそれを纏め上げる過程は、事前の予想よりも遥かに時間がかかり骨の折れるものだった。とにかく、極めてシンプルな課題(例えばファイナンスの現在価値評価)においてすら、最初はみんな考えていることが違うことが多い。ましてやマーケティング戦略の立案等、明確な答えのない課題においては、各々が自説を主張して収拾がつかなくなり、午前中で終わるはずのミーティングを昼食を挟んで午後に延長、時には翌日にミーティングを再セット、ということもあった。日本とは異なり、米国では一般的にチームワークは非効率的なものと考えられている理由を実感したが、いくつかのチームプロジェクトにおいて、お互いの主張の根拠を確認し、議論し、合意を形成する過程を通じて相互理解や信頼感を深めることで、チームのパフォーマンスが目に見えて向上する、という体験をすることができたのは大きな収穫であった。そのようなチームにおいては、チーム全体のパフォーマンスが向上しただけでなく、結果的にチームメイトとの友人としての交流を深めることも出来た。

(Big3経営悪化の影響)

ミシガン州は米国自動車産業の一大拠点であり、地域経済はBig3の経営悪化の影響を強く受けている。現在でも経営再建プログラムに基づいた関連設備の閉鎖・人員削減が続いており、特に以前から治安の悪化が続いていたデトロイトでは、GMの本社が入居するルネッサンスセンターを中心とした市街地再生計画がGM自身の破綻によって事実上推進困難となり、ビジネス拠点の市外流出→富裕層・中間層の人口流出→貧困層の比率増大→治安悪化→さらなる人口流出の悪循環を招いていた。一方でミシガン大学の立地するAnn Arbor周辺には自動車メーカーの研究開発センターが集積しており、自動車産業の経営悪化の影響は比較的軽微にとどまっている。これはAnn Arborに米国環境庁 (EPA) の自動車・燃料排出研究所が立地していることが大きいと言える。現在低燃費車の開発に力を入れている各メーカーにとって、新エンジンのテストや環境性能(燃費)の評価・認可のためにこの研究所にエンジンを持ち込む必要があるため、自社の研究所も近隣に構えていたほうが便利だからだと思われる。

Big3の経営悪化、そしてGMとChryslerへの公的資金注入(米国ではより直接的に “Taxpayer’s Money”と表現されます)に際しては、以前の日米貿易摩擦の時のような“日本車叩き”といった現象はあまり見られない。むしろ、このような状況を招いたBig3経営陣の長年にわたる失策・不作為への批判が主な論調となっている。一般的な日本車の評価は、「少し高いけど、丈夫で信頼性が高く、燃費が良い」と概ね好意的なもので、TOYOTA、HONDA等の日本車ブランドは長い時間をかけて米国での市民権を獲得したと言える。

なお、ミシガン州には自動車関連の日本企業の支社や現地工場・研究開発拠点も多く、日本人駐在員も数多く在住していますが、工場閉鎖や事業の一時縮小の影響から、今年は多くの駐在員が当初の予定駐在期間前の帰国内示を会社から受けたり、あるいは後任なしの帰任となっているケースが増えていると聞いた。